暗くて、光の差さない廊下。私には此処が合ってる。光在る場所よりも闇在る所を好む私は立派な闇世界の住人だ。暗い廊下の先、人の気配を感じた。下の方へ向けていた視線を前に向ける。
「………イルミ」
「あれ?オレの事解るんだ」
「出来れば解りたくなかった様な…」
暗闇の中でも相手の姿ははっきりと見える。そう、訓練してきたのだから。今目の前に居るのは顔全体に無数の特殊な針が刺さっている何とも不気味な受験生。試験が始まってからカタカタとしか喋っていなかった彼だが、今は普通に自分と話している。だが、この顔でその声で話されるのは少々、否かなり不気味だ。いつも見ている彼の姿ではないのに彼の声がする。
「毎度の事ながらはよく解らない発言多いよね」
「イルミには言われたくないんだけど」
そう、彼には言われたくはない。この目の前の人物は兎に角脳内が不思議要素で出来ているのだ。時々仕事で組んだり、家に邪魔しに行く時も毎回よく解らない発言をする。その度に此方は首を傾げて考える事となるのだ。
「ところでは変装しなくていいの?」
イルミの疑問は最もだった。いつもは公の場に出てくる時には大抵変装しているが今回は素顔で出てきている。その問いにはこれは仕事じゃない、今回は必要無いと思うからね、と返した。必要ないと言ったのは自分が夜叉と呼ばれる情報屋だとバレる可能性が低いからだ。は大抵変装する時は二十代後半からお年寄りに化ける。それは"情報屋が子供ではない"という認識を周囲に強ませる為。だから今自分はこの試験でと名乗ってはいるものの誰一人として自分が夜叉だとは気付いてはいない。
「でも名前だけはで通してるから公共の前ではそれで宜しく」
「オレもギタラクルだから」
「知ってる。他の人達が居ない時くらい別にいいでしょ?」
「ダメ」
即答ですか。何がそんなに嫌なのさ、このヤロー。このまま此処で引き下がるのは何か癪なのでもう少し粘ってみようと思う。
「いいじゃん別に」
「ダメ」
「(………)じゃあいいよ。今度からギタchan★って呼んでやる」
「……別に」
「仕事の時なんかイルchan★って呼んでやるからね。キルアにイルミが此処にいる事バラすからね!」
「…じゃあがだって事もバラすから」
「別に困んないからいいよーっだ」
「…………」
「ほらどうなのよイルchan★」
「………」
勝った、とは胸中でガッツポーズ。此処までくれば面倒事が嫌いなイルミならば折れてくれる筈。そもそも名前の呼び方にそこまで執着する気が彼にはないだろう。此処まで攻防戦が続いた事が逆に奇跡だと思う。イルミは溜息を一つして勝手にしなよ、と言って背中を向けて歩き出した。
「あ、待ってイルミ。一つ言いたい事あったんだ」
「…何?」
「その変装すっごく趣味悪い」
振り返って立ち止まっているイルミを置いてはその場を駆け足で去った。タッタッタッと遠ざかっていく足音を聞きながら呟いたイルミの一言は彼女には届かない。
「……余計なお世話だよ」
Der Umfang des Blutes
消えない忌むべき血
無数に散らばる夜空の星を飛行船のデッキから仰ぐ。周りに光と言った光もないから、地上にいる時よりもより綺麗に見えた。今日は新月なのか、月が見えないのが少し残念だと思いながら目を瞑った。何時からだろうか、光を拒む様になったのは。何時からだろうか、闇に住み着く様になったのは。
「……………隠れてないで出てきたら?」
目を開けて月の無い夜空を再び目に映す。誰がこの場に来たのかなぞ、気配で解る。今日の半分以上を共に過ごしてきたのだから。そして何故彼が此処に来たのかも大体予想がつく。目立たない行動を意識していたつもりだったが、今回のはしっかりと目立った行動になってしまった。だが、あれぐらいでは自分が夜叉だと気付く者はいないだろう。現に闇世界に生きるキルアでさえ気付かなかった。彼にも気付けなかった事を他の受験生が気付ける筈がない。
「私に何か用事?クラピカ」
「……いや、少し気になってな…」
「そっか」
気になった、とは先程の事だろう。つい仮面を外して素顔の私を見せてしまった。今まで彼等に見せてきたのは仮面を被った私。否、彼等にだけではない。この世で私が仮面を外して接せる人物は親友と、仲間と、そして悪友だけだ。
「(…あ、違った。ヒソカとイルミとネテロもだ)」
彼等にも仮面を外した本当の私を度々見せている気がする。イルミは兎も角としても残りの二人はあまり素顔を見せているというのは考えたくはないが。
「……、聞いてもいいか?」
「何ー?」
「…先程言っていた事は…本当、なのか?」
「さっき言ってたやつって?」
「その…、自分も復讐者だ、という事だ……」
「ああ、アレね。うん、本当だよ。まあアニタと違って私はもうとっくの昔に果たしてるけどねー」
何気なく、いつも通りの口調で返す。いつもの笑顔でいつもと同じ様に。傍から見たらイカレてる様に見えるだろうか。復讐したと言う事は殺したと言う事。それを軽々しく何事もなかった様に話す自分はおかしく見えるだろうか。
「…という事はゾルディック家の誰かを殺ったという事か?」
「……何でゾル家?」
「違うのか?てっきり自分もそうだというからもゾルディックの人間に恨みがあるものだと…」
そうか、先程のラウンジでの発言はそうとられていたのか。確かにアニタと同じ復讐者なのであれば自分もゾルディックの人間に恨みを抱いていると聞こえるかもしれない。だが、真実はそうでない。自分は別にゾルディックの人間を恨んでなぞいない。ましてや殺そうなどとは夢にも思う筈がない。
「違う違う。私が殺したのは私の"両親"って生き物だよ」
「………両親…」
「そ。私の事を毎日其処に存在しない様な目で見て、世話もろくにしない。三歳の時森の中に捨てられたんだ」
生まれてから一度も両親の愛なんて感じた事はなかった。母親と呼ばれる生き物はは毎日とっかえひっかえ男と遊んで欲しいものは全て買って気に食わない奴は殺し屋に殺させて。父親と呼ばれる生き物もそうだった。私は毎日の様に彼等から暴行を受けた。嫌だった。あいつらと同じ血がこの体を廻っている事が。
「………すまない…」
「別に謝らなくていいって。私は捨てられてラッキーだと思ってるから」
「……何故だ?」
「大切な親友と、仲間に出会えたから」
そう、捨てられたお陰でとも旅団の皆とも出会えた。と出会って情報屋となり、そして旅団に出会えた。捨てられなくては出会えなかった者達だ。両親に感謝する事があるとすれば、それは生んでくれた事と捨ててくれた事にだろう。両親を"父さん"と"母さん"と最初で最後に呼んだあの夜。
『母さん、父さん。生んでくれてありがとう。それから捨ててくれてありがとう。貴方達が私を捨ててくれたお陰で私は貴方達を殺せる』
自分はそう言って彼等を殺した。本当にその二つには感謝していたのだ。そう、彼等が生んでくれたお陰で私は仲間に出会えた。そして強さも手に入れた。
「ま、今思えば復讐なんて幼稚な考えだったと思うんだけどねー。彼等を殺したからと言って何も変わるわけじゃなかったし」
両親を殺したからといって、自分の心に変化が訪れたりはしなかった。彼等を殺した今でも恨んでいるし、この体を流れる血が誰かのものと入れ替わったわけでもない。殺してから数日経ってから結局は無駄な行為だった様に思えたのだ。
「復讐なんてものに意味は無いと思うんだよね。でもそれは、復讐を果たした人にしか解らないと思うから私は貴方の復讐を止めようとは思わないから安心して」
ニコリとクラピカに微笑みかけた。この場に不釣合いなその微笑みをはいとも簡単にやってのける。少し喋り過ぎた気もする。彼はいずれ自分の敵となる存在。敵に此方の事を明かすのは感心しない行動だ。クルリと踵を返し船内へ繋がる扉へと歩を進める。これだけ話せば彼が聞きたい事には直接答えていなくとも大体の予想はつくだろう。クラピカが聞きたかったのは恐らく、先程の自分の態度。今まで見せた事のなかった視線や気配を出していた自分に対しての疑問をだろう。けれどそれは一般人からしてみれば暗いに分類される過去を話せば彼の中でおのずと解決するだろう。"暗い過去を背負っている者"として見られるかもしれないが別にそれは苦ではないから気にしないのが自分だ。
「あ、そうだ」
ラウンジを出る時同様に首だけを後ろにいるクラピカの方へと向ける。そして微笑んでこう言った。
「ちゃんと休んでおかないと試験中もたないと思うよ」
鳩に豆鉄砲を食らった様な顔をしたクラピカを置いては船内へと戻っていった。止めようとなんか思わない。何を言っても彼の復讐の炎が消えるわけじゃないから。だから、私は向かいうつまでの事。
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08.05.05 修正完了